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がんについて 50

―EBMは可能か?1―

EBMは、Evidence Based Medicineの頭文字をとったものであり、最近の医学界のちょっとした流行語になっている。単純に訳せば「証拠に基づいた医療」の意味だが、今ごろこのような用語がもてはやされるとは、ではこれまでの医療は何の証拠もなしに行われていたのか、と非難を浴びそうでもある。もちろんそんなことはないにしろ、現実の医療は個々の経験や慣習に左右されてきた側面が大きいため、結果的に患者にとって利益にはならないこともあったのは確かである。医学は純粋な科学とはいい難いにしろ、あまりにあてずっぽう的場当たり的な医療ではいけない、との観点からやや哲学的要素も含んだEBMという概念が尊重されるようになった。少々わかりづらいので、もう少し噛み砕いて説明してみる。あるとき虫垂炎を発症したとする。いわゆる盲腸のことであるが、その治療は比較的やさしく大げさなものではないとされる。はじめて手術を経験する医者にとっては格好のケースでもある。しかし、その手術法や治療薬、離床方法、入院日数や医療費は病院によって異なっている。国によっても違う。これはいいことだろうか?無事に終わればいいものの、患者にとって不利益な結果をもたらす場合もあるとすれば、手術法など全部統一されたほうが安心だろうし、なるべく患者にとって苦痛のないようにして欲しいと思うのは当然である。そのためには、これまでの疫学研究や実証的な根拠を用いて効果的で質の高い患者中心の医療を目指していくことが必要になってくる。要するにそのための「EBM」である。ところで、それはどこまで可能なのか、ということを改めて考えてみると壁にぶつかってしまうのだ。日本の医療には、大学の派閥といったものがつきまとう。医学部を卒業して国家試験を受け合格する、待っているのは大学における1年間の研修と、それに続く関連病院での勤務である。その間研究テーマを設け医学論文を書かなければならない。そうやって一人前の医者に成長することを願うのだが、これらすべては「医局」という枠の中でおこなわれる。つまり、属する医局のヒエラルキーにどっぷりつかり、教授の指導のもとで研鑽を積むのである。おのずとAという治療法を推奨する教授とBの治療法を固守する教授がいるが、医局に身を預けるということはその教授のコピーになることであり、教授の指導は医局員にとって絶対なのである。たとえ、単なる経験に裏付けられ科学的根拠の薄い治療法であっても、教授が認めていれば医局員も「イエス」といわなければならない。こういった極めて日本的かつ独特の医局制度を持つ医学界で、はたしてEBMは成立するものだろうか。