医学博士・医学ジャーナリスト
オフィシャルサイト
植田 美津恵
日本の医療・福祉・健康を考える

Production著作/論文

コラムコラム-“病気”や“医療過誤”についての連載。

3月26日 減らない医療過誤07 看護の「ヒヤリ・ハット」

 「ヒヤリ・ハット」という言葉がある。重大な事故にはいたらない、危ういところでとどまった事例で、当事者が「ヒヤッとした」「ハッとした」と感じたことからこの名がある。医療過誤を防ぐために、個々の「ヒヤリ・ハット事例」を積極的に公表し、どういうときに事故が起きやすいのか、どのように対処したらよかったのかを検証しようとの気運が高まっている。
 誰でも自分のミスを振り返り、それを第三者に公表するには勇気がいる。
 そこに「たまたま間違えそうになっただけ」「ちょっと疲れていただけ」などの感情があれば余計躊躇するものだ。手術中のミス以外の事故をみると、患者と直に接する看護職による医療過誤が目につく。
 日本の看護職は一九九八年時点で約九十六万人。人手不足とはいいながらも、病院の数が減っていることもあり、深刻な看護士不足はひところに比べ緩和されているという。
 日本看護協会によると看護職でも労働時間の短縮が進み六六%が完全週休二日制。夜勤体制も三交代制が見直され、一般病棟では三四%が二交代制をとっている(二〇〇一年時点)。
 育児休業取得率は八五%を超え、休業期間も八カ月以上に延びた。看護業務や生活スタイルに合わせた勤務体制の導入が進み、職場にも多少のゆとりが出てきたといえる。
 ひところ、看護職のようなハードな仕事と家庭は両立しないという考えが一般的であったが、時代は変わり仕事を続けながらの結婚・育児は少しも珍しくはなくなった。
 しかし改善の兆しが見られるとはいえ、患者にとっても働く側にとっても安心できる看護体制を組めるまでには至っていない。
 東奥新聞社説によれば、青森県医療労働組合連合会の看護婦一一〇番には「仕事がとても多忙で超過勤務が恒常化し、休んでも疲れがとれない」などといった深刻な悩みが寄せられている。
 知人の娘さんも、都内の大学病院での激務に心身ともに疲れ、わずか半年で退職した。
 平成十一年度厚生科学研究費「医療のリスクマネジメントシステム構築に関する研究」の中に、「看護のヒヤリ・ハット事例の分析」という報告がある。
 全国三百床以上の病院一千五百施設から、約半数の七百七十七施設をランダムに選び、看護部長あてに郵送で研究の趣旨およびヒヤリ・ハット体験提供の依頼文書を送付し、応諾を得た百九十施設とその他二十八施設の計二百十八施設(一般病院二百十三施設、精神病院五施設)から収集した事例の分析報告である。
 それを見ると、看護職の仕事内容を「療養上の世話」「診療の補助業務」「観察情報」「その他」に分類したところ、ヒヤリ・ハット事例の最も多かったのは「診療の補助業務」で六千八百十七件(六一・一%)、ついで「診療上の世話」三千四百九十二件(三一・一%)、「観察情報」三百八十四件(三・四%)、「その他」四百五十五件(四・一%)であった。
 実際の事故にはつながらなかったためにほとんどの患者は気づいていないのだろうが、看護職自身がドキッとした「その瞬間」とは、果たしてどんなときに多いのだろうか。

ページ上部へ