Production著作/論文
コラムコラム-“病気”や“医療過誤”についての連載。
桑野偕紀氏は日本航空で副操縦士・機長を経験し、1964年入社後2001年時点での総飛行時間が約1万7千時間という実績を持つベテランパイロットである。
あるとき桑野氏は医師の勤務状況に実態を知り、愕然となった。
一般にパイロットの勤務時間は「オペレーションマニュアル」によって規制されており、乗務時間・勤務時間の基準がきちんと決められている。これは、パイロットに長時間の連続勤務を強いることのないように、又勤務を終了したパイロットには、適切な休養が取れるようにとの意向のもとで作られている。
例えば、「適切な休養」のための具体的な取り決めとしては、「乗務のための勤務終了後、基地以外の休養地で少なくとも連続十二時間の休養を与える」や「連続する七暦日のうち少なくとも一暦日(外国においては24時間)の休養を与える」などとなっている。
ある集まりの場で、このことを医療従事者の前で話した際、医師らから随分うらやましがられた上、「たとえ当直明けであっても朝9時には外来診察、午後には手術をしなければならない」との言葉を聞き、びっくり仰天したというわけである。
医療従事者の勤務体制を初めて耳にした桑野氏にとって「医療ミスは起こって当然」としか思えなかったという。
もともと人間の注意力や集中力には限界があるに加え、ろくに休養を取らずに疲労を蓄積させるばかりでは話にならない。
桑野氏は思わず「ぼくの手術の時には十分な休養を取ってからにしてください」と口にすると、「では手術(の順番)はかなり遅くなってしまいますよ」と切り替えされてしまったそうだ。
パイロットの健康管理の厳しさはよく知られており、一時エイズの流行に世界が脅えたときにも、パイロットのエイズ抗体検査は他の職種に先駆けて行われた。
パイロットは、国家資格である「操縦士」のほか、「副操縦士」「機長」の資格が会社から与えられる。
しかしこれらは
(1)身体検査 (2)定期技能検査 (3)定期地上検査
-の3つの条件をクリアする必要がある。
身体検査については、資格取得時はもとより以後も6ヶ月ごとに実施され、内科・耳鼻科・眼科・および精神科の検査ほか、胸部レントゲンや心電図もとらなければならない。
また、(2)や(3)のように厳しい非常救難対策を含んだ地上教育や年一回の路線審査も義務付けられている。
これらのひとつでもアウトならフライトの資格は切れてしまうという。
休養などの規定がしっかりしているかわりに、自らの健康状態やフライト技術も常にトレーニング・自己研磨が必要で、この点は一旦、国家試験に合格すれば、以後、ずっとその身分が保証される医療従事者とは決定的に違っている。
身分保障の継続が楽なぶん、医師も看護婦も「医者の不養生」の言葉どおり、不思議と自らの健康管理には無頓着であるようだ。