医学博士・医学ジャーナリスト
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植田 美津恵
日本の医療・福祉・健康を考える

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コラム「一刀両断」コラム「一刀両断」の連載。

6月12日~6月26日掲載
介護保険制度は誰のもの?

 いわゆる「介護タクシー」をめぐる問題については、5月15日付け朝日新聞などにも大きく紹介され、要介護者にとって大切な「足」を、介護保険のなかでどのように位置づけるかといった課題を浮き彫りにしていた。要介護者の病院への通院や外出などをサポートするための「介護タクシー」が誕生し、現在全国でサービスを提供している。もともとタクシー業務は国土交通省の、介護保険制度は厚労省の管轄である。そのため2省庁の見解が一致せず、介護事業者の届出を受理する立場の都道府県の対応が定まらなかったために混乱を招き、通院介助をするならタクシー事業許可を取るべきとする場合と許可なくてもいいとする自治体が存在する現状を生んだ。通院介助にタクシー事業許可が必要ならヘルパーが自家用車を使って介助することは違法にあたるが、これまでそれは黙認されてきた。しかし、この4月に新しく「乗降介助」に1000円の介護報酬が設定されたこともあり、改めて各自治体の判断に注目が集まっている。この問題は、縦割り行政の弊害が根底にあることは明らかであるが、その他にも介護保険制度の理念そのものにかかわる課題を突きつけている。

 まずひとつは、もともと介護保険制度は、要介護者の自立を促し、介護負担を社会で担うことを狙いとしていた。そのために、国の社会保障制度としてははじめての試みである民間事業者の参入を認めた点で話題を集めた。しかし、今回の件でわかるように、結局は介護サービスの提供は省庁や自治体の判断に大きく依存せざるを得ない状況にあり、産業として魅力の乏しい分野である印象を強くした。すでに、乗降介助1000円の報酬では、介護タクシーは事業として成立しないといわれ、一方で利用者のなかには負担増を恐れて利用を差し控えるケースも出てきている。また、要介護者をどこでみるか、つまり居宅か施設かという議論が中心になりがちな傾向があり、厚労省は居宅介護を推進する立場を示し続けている。しかし、居宅でというのであれば、要介護者を閉じ込めておくことなく、通院を含めた外出についてもっと関心を抱くべきであった。それこそが要介護者の自立を促し介護保険の理念を生かすことになるであろうし、厚労省として、移送や介護タクシーに対する見解を最初から示すことができたはずである。

 はたして介護保険制度そのものが、居宅で介護を受ける人々の「生活」を重視したものであるのか、という疑問をここにきて改めて感じずにはいられない。介護タクシーは、介護保険がはじまる以前から、福岡県にあるタクシー会社「メディス」が独自にスタートさせたサービス事業である。が、さらなる移送サービスを展開しようとしたところに、県から事業者取り消し処分を受け、この業界からの撤退を余儀なくされた。メディスは、あくまでタクシー事業許可が必要という指導を続けてきた福岡県を相手どって訴訟を起こすことを決め、6月10日には初公判が開かれた。不況が続き、新産業の誕生を切望する声が強いなかで、従来どおりの行政指導がそれを潰していく事例としてとらえることができ、これは単にタクシー事業にとどまらない問題を提起していると思う。メディス社長の木原氏は、このような日本を「飼育社会」と皮肉る。飼育に抵抗するものは、おのずと社会から排除され、抹殺されていくのである。介護保険は、措置ではなく契約のもとで提供されるサービスのはず、しかし現状ではサービスというより、やはり行政措置の枠にとどまっている。もう一度その原則を見据え、利用者にとって使い勝手のいい、国民のための制度を目指すべきではないだろうか。

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