医学博士・医学ジャーナリスト
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植田 美津恵
日本の医療・福祉・健康を考える

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コラム「一刀両断」コラム「一刀両断」の連載。

9月26日~10月1日掲載
「専門医制度」より「一般医」の育成を

 医療事故が起こったり、医療不信の声があがるたびに話題になるのが医師教育や卒後研修である。大学の医学部6年過程を卒業すると、医師国家試験を受ける資格が与えられる。ほとんどの卒業生は大学医局に入局するが、年度始めの4月にはまだ「医師」ではない。6月に発表される国家試験にたぶん合格するだろう、との見込みのもとでしばらく働くことになる。国家試験に合格すれば、1年ほど大学病院で鍛えられ、その後は大学医局の関連病院へ赴任することになる。いずれ大学病院に戻る者もあるが、そのまま他の病院で働いたり、あるいは開業したり、と道が分かれていく。入局するということは、その時点で内科とか外科などを選択することを意味するため、患者と接しながら学ぶ実践医学は、結局大学卒業後わずか1年、それも極めて狭い範囲(一医局内)でしか勉強できないことになる。臨床とは一生の学習なのだから、それでいいのだと納得していた時代もあったが、医療環境が変わるにつれ、そうもいっていられなくなった。特に、患者の意識が高まり、医師や医療へ向ける目が厳しくなった。

 元来、大学卒業してすぐに互いに「先生」と呼び合うような職種にロクなものはないが、医療の場合その弊害は直接患者に及んでくるので、おのずとこれは何とかしなければ、ということになる。その一環として、来年度から卒業後2年の臨床経験が必修化され、この間にあらゆる科を回り「質の高い医師」を目指そうという試みが始まる。何で、これが「質の高い医師」を育てることになるのかわからないが、卒後すぐに医局(専門)選択するよりは少し余裕を持たせ、そこで臨床適応性も育てよう、という意義はわからないわけではない。同時に医療の専門化が進んだため、専門性に長けた医師の育成も課題になっている。「医師といえば皆一緒」から、専門性の高い医師を別枠で育て、患者のニーズに応じた「専門医」制度を見直そうという意見がある。これももっともではある。しかし、専門医の育成が本当に患者のニーズに即したものか否かは、ちょっと考える必要がある。

 誰もが、病気になったらその病気の「専門医」に診てもらいたいと思うのは当然、乳がんの見落しが話題になっているように、がんの治療が遅れたのは専門医に診てもらわなかったため、という例が多い。しかし、不足しているのは、本当の専門医はどこにいるのか、という情報である。また、その情報を提供してくれる専門医以外の「一般医」ではないだろうか。欧米では、一般医と専門医の棲み分けシステムが日本に比べ確立されている。気になるところがあれば「一般医」を尋ね、そこで治療を受けるか、より高い専門性に富んだ医療が必要と判断されれば、そこから紹介され専門医を受診することになる。とすれば、この「一般医」とは相当熟練した医師でないとできない。瞬時の判断力と洞察力、そのベースになる経験がなければ難しい。ある意味専門医より「技術」がいる。また「医師」である必要もない。保健師でも薬剤師でも、その種の力があれば治療以外の専門医への紹介は充分にできる可能性がある。

 医師会は「かかりつけ医」を持とう、としきりに訴えているが、それはすなわちこの「一般医」を指しているのだろう。しかし残念ながら現在の開業医は「一般医」になり得る訓練も教育も受けていないため、期待される「一般医」に相当するとは思えない。だから現に、がんの見落しなどが問題になっているのだ。国の対応が遅いため、ニーズに合わせた動きはむしろ企業などで盛んになっている。例えば「電話相談」がそうだ。変調があったときにすぐに対応してくれ、その後の適切な処置についてアドバイスが得られる…。電話相談は、ほとんどが24時間体制なので、子供の発熱などの緊急時にも威力を発揮できる。しかも電話対応する者は、どんな資格があれそれを超えた知識と情報、そして対応力がないと勤まらない。これは本来「一般医」の役割なのだ。最近は、ホームセキュリティーにこの電話相談がセットになり、心身ともの「安全」を提供するシステムがウケテいる。ニーズへの対応はやはり民間の企業のほうがはるかに速い。専門医というとカッコいいが、実は一般医の質向上のほうにこそ国民のニーズはある。そのために、卒後教育もいいが、入学時の選抜方法や現在の6年制カリキュラムの内容を見直すことがまず先決、専門性の確立はそれ以後の課題である。医療訴訟の最たる原因は「説明不足」が圧倒的に多い。電話相談にも、医師をはじめ病院職員の対応への批判が常日頃寄せられる。国民の望む「質の高い医師」というのは、技術面もさることながら、「人間的な質」を意味しているに他ならないと思うのである。

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