医学博士・医学ジャーナリスト
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植田 美津恵
日本の医療・福祉・健康を考える

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コラム「一刀両断」コラム「一刀両断」の連載。

2005年2月2日~2月6日掲載
「評価」とは誰のものか。

 株式会社の病院経営や混合診療など、医療の問題がほとんど山積されたまま年を越えてしまった。今年はわずかでもわくわくするような変化があるのだろうか。病気の早期発見の一手段として馴染みのある人間ドックを採点する制度が本格的に始動する気配だ(2005年1月5日朝日新聞)。点数をつけるのは日本病院会だが実質的な作業は日本人間ドック学会に委託され、評価の対象となった病院は様々なチェックを受けることになる。評価のポイントは組織体制や受診者への配慮、検査の質などで、具体的には専門医の人数や検査機器の保守点検、受診者の経過把握、プライバシーの保護など185項目にのぼるという。このような制度が必要とされる背景には、ドッグの存在意義そのものにあるようだ。実際、ドッグに入って満足したという声はほとんど聞かれず、むしろ患者集めになっているとか質が悪いとの評判のほうが目立つ。当事者にはそれなりの危機感があってこのような制度の発足にいたったのだと思う。評価の結果は学会のホームページで公表されるほか期限付きの認定証も発行されるらしい。何事も何の評価もなしチェックもなしでは、そもそも質を問うことはできないのだから、こういった動きは決して悪いことではない。が、私がいつも気になるのはその方法論である。常にその閉鎖性が問われる医療界だが、結局今回も身内(医学会)が身内(病院)を評価することになる。いったいそれは「評価」と呼べるものなのだろうか。人間ドックのお客とは患者にほかならない。患者の視点が重要だと常にいわれるのも医療はサービス業だとしきりに口にのぼるのも、そうではない現実があるからだろう。表面上名前に「様」をつけて呼ばれても、こころがこもっているかどうかくらいはすぐにわかる。医療が患者のニーズに応えていない現状は、改善されるどころか益々悪化している面は確かにある。真に、医療がサービス業で患者はお客さまだと思っているのなら、どこかで患者のナマの声を拾い上げることのできる評価機構でないと意味がない。同業者の身内同士でおこなう評価など評価とはいえないだろう。現在は、患者サイドに立って活動している団体やNPOがたくさんある。利用者である患者のための人間ドックを目指すというのなら、歴史と実績のある団体とタイアップするなどして、評価の基準の考え方そのものを是正する必要がある。現行のような、専門家の枠の中にとどまったままの評価システムであり続けるのなら、今回の試みもほとんど身内のマスターべションで終わってしまうのは目に見えている。

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